酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


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歴史の時間 95

摺師
摺師 ( すりし ) とは、浮世絵版画において、版を使用し紙に一色ずつ印刷して摺る職人のこと。


ただし衣服に模様を摺る職人の事もいうが、以下では浮世絵における摺師について解説する。


摺師は紙に適当な湿りを与えておいて、紙及び版木に置いた顔料が乾かないうちに、素早く刷毛で版木全体に顔料を広げてゆく。


すなわち、寒くても火に暖まりながらというわけにもいかず、逆に夏に開けっ放しで摺るというわけにもいかなかったのである。風を嫌い、いつでも閉め切った場所で仕事をしなければならなかった。


そして、彫り上がった色板を順次摺り重ねて仕上げ、版元、絵師に見せて、注文通りとなっていれば、量産に取り掛かる。絵師の許可がでれば、初摺り 200枚を摺った。


この 200枚を1杯といい、摺師一人の一日の仕事量であった。また、売れ筋の作品は最初から 200枚以上の見込み生産をしていた。その後に絵草子屋から錦絵が販売されるのであった。


神技のような彫りを生かし、色調を整えるのには、絵具を板に運ぶ刷毛の具合と、馬連一丁であった。


日本の馬連は、まことに独自な発明であり、これがなかったら、大分、浮世絵の雰囲気も異なったものになったかもしれない。良いものは馬連一つでもかなり高価なものであった。以前は、馬連も各人の手製であった。


中国大陸や朝鮮のものと違って、平らにしかも柔らかく紙面を押して板に食い込ませる役目をしている。


また、西洋版画のように機械で強くプレスするものとも、もともと持ち味の違う出来栄えになるはずのものであった。


色のぼかし、重ね、あるいは色をつけずに圧力をかけて紙面の凹凸を作る空摺りなどといった、様々な技法が考えられた。


江戸時代には摺師に名人も数多くおり、自負もあって馬連一丁で世を渡るということもできたといわれる。


摺師 Wikipedia 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%91%BA%E5%B8%AB


 " 摺師 " 数少ない浮世絵版画の摺師。
荒川区東日暮里、昭和 45年 ( 1970年 )