酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


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その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


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何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


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歴史の時間 325

リナ・メディナ、世界最年少の母。


リナ・マルセラ・メディナ・デ・フラード(Lina Marcela Medina de Jurado、スペイン語発音: [ˈlina meˈdina]、1933年9月27日[1] - )は、ペルーのポーランジェ出身で、5歳7か月21日という世界最年少で子供を出産した女性[1][2]。


初期の人生と出産
当時5歳だったリナはお腹が大きくなったために両親に病院に連れてこられた[2]。当初は腫瘍を疑われたが、診断の結果妊娠7か月であることが判明した。医師のヘラルド・ロサーダが彼女をペルーの首都リマに連れて行き、他の専門家によってリナが妊娠していることが確かめられた[1]。


彼女はそれから1か月半後の1939年5月14日に帝王切開で男児を出産した[1]。骨盤が小さすぎて通常の分娩が不可能だったためである。手術は麻酔下でロサーダ、ブサイユ、コラレータ医師によって行われた。その様子はフランスの医学会の会員であったエドムンド・エスコメル医師による報告(手紙)の形でフランスのLa Presse Medicaleという学会誌に掲載された。


その手紙には、リナが8か月で初経を迎えたこと、4歳で乳房が成長し始めたこと、妊娠後骨盤が広がるなど骨格的な成長が見られたことなどが併せて記載されている[1][3][4][2]。


彼女の息子は2.7kgで、主治医にちなんでヘラルドと名付けられた。ヘラルドは長い間リナを自分の姉だと思っていたが、10歳の時にリナが母親であることを知らされた[1]。


子供の父親と彼女のその後
メディナは子供の父親とその後の自身の暮らしについては明らかにしていない。妊娠についてエスコメル医師は、リナ自身がよく理解していないのではないかと語っている[1]。妊娠が明らかになった直後、彼女の父親が児童性的虐待の疑いで逮捕されたが、証拠不十分のため釈放され、生物学上の父親が特定されることはなかった[1][5]。彼女の息子は健康に育ったが、1979年、40歳のときに亡くなった[1]。


リナは息子を高校に通わせるのを助けたロサーダ医師の秘書として働いた[6]。その後、ラウル・フラードと結婚し、1972年に2人目の男の子を出産した。彼らは2002年現在、「リトル・シカゴ」として知られているリマの貧困地域に住んでいる[7]。彼女は、2002年にロイターからインタビューを申し込まれたが、拒否している[6]。


証拠資料
この騒動はいたずらであると憶測されていたが、生検、子宮内の胎児骨格のX線、医師によって撮影された写真に基づいて、数年にわたり多くの医師が事実であることを確認している[1][8][9]。


この件に関する写真は、2枚知られている。1枚目は、1939年4月初めに撮影されたもので、リナが妊娠7か月半の時のものである。裸で立っている彼女の左側から撮影されており、日陰になっている壁の前に立っている。これは妊娠中に撮影された唯一の写真である[10] 。もう1枚目は、ヘラルド出産から11か月経った頃にリマで撮影されたもので、1枚目よりもはるかに鮮明に写っている。


思春期早発の影響を除いて[2]1995年に、5歳の女の子がどのように子供を妊娠することができるかについては説明はなかった[6]。5歳以下の小児における極度の早発性妊娠は、彼女以外では報告されていない[2][4]。


出典
1. a b c d e f g h i j k Mikkleson, David (2015年2月7日). “Youngest Mother”. Snopes.com. 2017年1月25日閲覧。


2. a b c d e “Six decades later, world's youngest mother awaits aid”. The Telegraph. (2002年8月27日). オリジナルの2009年7月16日時点によるアーカイブ。 2009年7月14日閲覧。


3. Janice Delaney; Mary Jane Lupton; Emily Toth (1988). The Curse: A Cultural History of Menstruation (2nd (revised) ed.). University of Illinois Press. p. 51. ISBN 0252014529.


4. a b Rodney P. Shearman (1985). Clinical reproductive endocrinology. Churchill Livingstone. p. 401. ISBN 0443026459. "In a number of instances, precocious pregnancies at a very early age have been reported. The striking example is that of Lina Medina, who had a Caesarean section when 5 ½ years old, but there have been other pregnancies in children aged 6, 7, 8 and 9 years (Sickel, 1946)."


5. “Little Mother”. Time (1957年12月16日). 2009年7月16日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年11月16日閲覧。


6. a b c Luis Leon (1955年10月30日). “Son of child mother wants to be doctor”. Cedar Rapids Gazette. Associated Press: p. 18


7. Henry Dietz (15 July 1998). Urban Poverty, Political Participation, and the State: Lima, 1970–1990. University of Pittsburgh Press. p. 83. ISBN 978-0-8229-7193-1.


8. The Journal of Medical-physical Research: A Journal of Progressive Medicine and Physical Therapies, Volumes 15-16. American Association for Medico-Physical Research. (1941). p. 188. "Lina Medina... Dear Dr. Eales: 'We are pleased to give you permission to publish the story of Lina Medina' ... An x-ray examination revealed a foetal skeleton and left no doubt as to a positive uterine gestation."


9. Ashley Montagu (1979). The reproductive development of the female: a study in the comparative physiology of the adolescent organism. PSG Publishing Company. p. 137. ISBN 0884162184.


10. "La Presse médicale", 47(43): 875, 1939 "La Plus Jeune Mère du Monde". (31 May 1939).


関連項目
・若い母親の一覧(英語版)


外部リンク
・The Telegraph紙(インド)によるリナ・メディナの窮状を伝える記事 (英語)
・世界一若い母親 (英語)
件に関する詳細な説明(写真付き) (英語)
・11-year-old child expects a baby in Moscow (英語) (後半に中国と旧ソ連の例が載っている)
(wikiより)


 リナ・メディナ ( 右側 )