酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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また前記事については、「リンク」より『 酔いどれJohnny『意外と身近にある歴史散歩』 』を御覧下さいませ。

7427 金子直徳墓(豊島区雑司が谷3・本納寺)

金子直德 ( 寛延 3年 ( 1750 ) ~ 文政 7年 ( 1824 )


明和年間から天明、寛政を経て化政年間まで雑司が谷に居を構えた俳人、法華宗の大檀越。


幼名は竹次郎、成人してからは民次郎、貞次郎、理平次。


諱は直德、後に眞德。


号に宗周、杲山、兎丸、一相、白馬山人、紫磨子 ( しまし )、紫麻子。


家号は檟下舎 ( かげしゃ )、棣棠郷 ( やまぶこのさと )、重陰庵 ( ちょういんあん ) など。
 ( 「直徳」は図書館検索の多くで「ただのり」と読ませているが、雑司が谷では「ただのり」と読むことはなく通常「なおのり」と読んでいる。)