酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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また前記事については、「リンク」より『 酔いどれJohnny『意外と身近にある歴史散歩』 』を御覧下さいませ。

7426 井上家墓(豊島区雑司が谷3・本納寺)

本納寺の境内墓地には、旧大名の井上家 ( 浜松井上家 ) の宝篋 ( ほうきょう ) 印塔七基が格護されています。


そのうちの慶長 9年 ( 1604 ) の一基は井上家初代正就の父のもので、同型の墓塔として関東では最古といわれます。
  
その次に古いものは、元和 4年 ( 1618 ) で、その内室のものです。


「慶長九年九月十四日歿 井上半右衛門清秀 浄幸院殿玉林栄昌日長大居士」


「元和四年 八月二日歿 法幸院殿日慶大姉」


井上家は清和源氏頼季流の末裔で、初代正就は二代将軍徳川秀忠の近侍となり、元和 8年 ( 1622 ) 遠江国横須賀五万二千五百石を領しています。


一般に浜松井上家といわれていますが、横須賀から常陸笠間、それから各地を経て、遠江浜松へと転封を重ねております。
  
なお、当井上家の歴代墓はもともと文京区白山の浄心寺にありましたが、明治 42年 11月に本納寺の離れ墓地に改葬され、平成 8年夏に本納寺境内墓地に再改葬されました。