酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


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7336 駆逐艦秋風慰霊碑(呉市上長迫町・旧海軍墓地)

秋風は峯風型駆逐艦の9番艦である。 


日本海軍の大型駆逐艦は、1911年(明治44年)に排水量1,000トンを超える一等駆逐艦海風および山風を始めとして、磯風型(1,105トン)4隻、谷風型(1,180トン)2隻が1919年(大正8年)ごろまでに建造された。 


これらは明治期以来のイギリス式の設計を取り入れたもので、艦隊に随伴可能な大型航洋型駆逐艦としての性能は一応具備していたが、凌波性や航続力が不足していた。


1917年(大正6年)に成立した八四艦隊計画において、9隻の大型駆逐艦が計画された。 


これが峯風型で、最新の主力艦に随伴可能な艦隊型駆逐艦として要求され、従来の駆逐艦に対して速力と航洋性の向上、兵装の強化が望まれていた。    


本型の艦型は、それまでの短い船首楼の後端に艦橋を設けた形式とは異なり、艦橋直前に1段下がったウエルデッキを設け、ここで波浪を受け止めて艦橋への直撃を防ごうとしたものであった。 


主砲は12cm砲単装4門とし、波浪の影響を避けるため上甲板より一段高い位置に装備した。 魚雷発射管は連装3基を前部のウエルデッキ1基、後部に2基を装備した。


艦尾には機雷投下軌条2組があり、一号機雷16個を搭載できることになっていた。 一号機雷は機雷4個を長さ100メートルの連繋索で繋いだもので、これを敵艦隊前方の海面に投下し、敵艦隊の漸減または混乱を狙ったものであった。  


この一号機雷の連繋索を乗り切るために、艦首は水線部で30°の角度で後方に傾斜し、水面下では大きなカーブを描いて艦底に達する形状とされた。 


この艦形と主砲配置は、大正期の日本駆逐艦の基礎となり、睦月型まで引き継がれた。 速力は計画39ノットに対し38ノット台にとどまり、タービンの故障も多発し、タービンブレードの形状、材質等の改正を要した。


1935年(昭和10年)に発生した第四艦隊事件では、本型は重大な損傷を受けず、船体強度上の問題は少ないとされた。 


ただし、中央部重油タンクの漏洩や、最前部隔壁の横方向圧力による圧壊の問題があり、改善工事が実施された。 


このため、常備排水量が1,552トンに達し、速力が36ノットに低下した。


開戦時に本型は最も旧式の一等駆逐艦であり、同型艦の一部は哨戒艦などに転籍していたが、秋風は船団護衛や哨戒任務に従事した。 


戦時中には、戦訓による25mm機銃の増備が行われたが、発射管は最後まで装備していたようである。