酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

また前記事については、「リンク」より『 酔いどれJohnny『意外と身近にある歴史散歩』 』を御覧下さいませ。

7265 宗功寺墓地(鹿児島県宮之城町・宮之城島津家墓地)

この墓地は、江戸時代、宮之城郷 ( みやのじょうごう ) の領主であった宮之城島津家の墓所で、島津本家・島津貴久の弟・尚久を初代とし、墓地には、尚久の嫡男 ( ちゃくなん )・忠長 ( ただたけ ) ( 二代 ) から現代まで、家族をふくめ 35基の墓石と祖先世功碑 ( そせんせこうひ ) があります。


ここには、慶長の頃 ( 1596 ~ 1615 ) 忠長が京都妙心寺の末寺として「大徳山宗功寺」を送検しました。


お寺は江戸時代末期までありましたが、明治初めの廃仏毀釈でこわされました。


今ある墓石が当時の面影をのこしています。


葉かわ形状は、祠堂型 ( しどうがた ) をした壮大な造りで、他に類を見ないといわれます。


台座には彫刻が施され、中国や琉球文化を思わせるものがあります。


また、中央にある「祖先世功碑」は、五代・久胤 ( ひさたね )( 久竹 ) が建てたもので、当時、幕府の弘文院学士・林 叟 ( はやしそう ) の撰文によるものです。
(案内板より)