酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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7246 出水川石燈ろう(鹿児島県出水市下鯖町・加紫久利神社)

出水川定右衛門は宝暦のはじめ米ノ津元町の旅籠 ( はたご ) 絵島に生まれる。


幼時から怪童のほまれ高く米俵を片手に一俵づつ下げ高下駄で歩き、はてはお手玉に取ったり孟宗竹を手で引き裂いて相撲の褌にしたとの逸話もある。
  
はじめ大阪相撲に入り醜名 ( しこな ) を郷里の米ノ津川の旧名から「出水川」と名乗ったがほどなく江戸相撲に移る。
  
出水川は小結・関脇で大活躍、最高位の大関 ( 当時は横網はない ) にはなっていないがその頃のカ士は大名のお抱えで大関は姿や形のよきを重視した形式的装飾的なものだったので、出水川は有数のカ士だったことがわかる。
  
しかし花形力士出水川の前に立ちはだかったのは身の丈 2メートル体重 150キロの巨漢達ケ関であった。


1.77メートル 135キロの出水川はどうしても勝てず、故郷に帰り加紫久利神社に断食祈願、神のお告げどうり立ち上がるや相手の前褌 ( まえみつ ) をとって倒し話は有名である。
  
この石燈ろうはそのおれいに寄進したものである。
(案内板より)


( かなりの土砂降り状態なので、若干画質が悪いです )