酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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7238 東郷重張墓(鹿児島県鹿児島市南林寺町)

東郷 重張(とうごう しげはる、? - 1688年4月12日(貞享5年3月12日))は、江戸時代初期の薩摩藩士。


薩摩藩の日置流弓術師範(師範としては2代目)。


諱は初め重虎、後に重張。通称は四郎左衛門。


明から帰化した薩摩藩士で加治木衆である江夏友賢の子の江夏二閑と東郷四郎左衛門重勝の娘との子であったが、母方叔父の東郷重尚に嗣子がなかったので、その養子となる。


養父の弓術を相伝して、島津綱久、島津綱貴の弓術師範となる。


貞享5年(1688年)死去。菩提寺は松原山南林寺。法名は廓然院射因想的大居士。現在、墓は養父同様に南林寺由緒墓にある。


子孫
子孫は代々日置流弓術師範となった。このうち、東郷実依と東郷実行の墓は重張同様に南林寺由緒墓に現存している。また、「伊地知季安著作集六」の『諸家忠死略抄』によると幕末の子孫である東郷左大夫実敬は島津斉彬側用人や桑原郡踊郷地頭を勤める。その孫東郷重持は島津家家令で玉里文庫を西南戦争の災禍から救済した人物の一人である。


参考文献
・上野尭史 『鹿児島士人名抄録』 高城書房、2006年1月。ISBN 978-4887770782。2008年7月19日閲覧。
・太原久雄「南林寺に蔵む」
(wikiより)