酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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7051 島津久豪墓(南九州市知覧・島津墓地)

島津 久豪 ( しまづ ひさたけ ) は、江戸時代中期の薩摩藩士。


知覧島津家 ( 佐多氏 ) 17代当主。


生涯
貞享元年 ( 1684年 )、島津久逵の次男として生まれる。


兄・久基が早世したため、嫡男となる。


元禄 3年 ( 1690年 )、藩主・島津綱貴の久逵邸御成の際に、綱貴の加冠で元服した。


宝永 2年 ( 1705年 )、藩主・島津吉貴の帰国許可の謝使として江戸城に登城し、将軍・徳川綱吉に拝謁する。


宝永 5年 ( 1708年 )、大目付となり職田 500石を賜る。


正徳元年 ( 1711年 )、島津吉貴より、父・久逵の功績を賞されて島津氏を代々名乗ることを許される。


享保 3年 ( 1718年 )、父の隠居により家督相続、国老となり 1300石の職田を賜る。


高岡地頭職となる。


享保 17年 ( 1732年 )、藩主・島津継豊の三男・久峰を養子とする。


延享 2年 ( 1745年 ) 10月 6日没、享 年62。


家督は養子の久峰が相続した。


参考文献
・『知覧郷土史』


戒名 : 瑞祥院殿昭麟一角大居士
(wikiより)