酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

また前記事については、「リンク」より『 酔いどれJohnny『意外と身近にある歴史散歩』 』を御覧下さいませ。

歴史の時間 117

あきれたぼういず
あきれたぼういず(1935年(昭和10年) - 1951年(昭和26年))は、川田義雄(後の川田晴久)、坊屋三郎、芝利英、益田喜頓、および山茶花究による日本のヴォードヴィル、ボーイズグループ。 テーマ曲は「チョイと出ましたあきれたぼういず、暑さ寒さもちょいと吹き飛ばし、春夏秋冬明けても暮れても、歌いまくるがあきれたぼういず」


詳しいことは、『 あきれたぼういず 』wikipediaをご覧ください 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%8D%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%81%BC%E3%81%86%E3%81%84%E3%81%9A


 当時の代表的な音曲芸グループ「あきれたぼういず」です。
浅草の花月劇場にて 1939年 ( 昭和 14年 )









歴史の時間 116

南満州鉄道
南満洲鉄道株式会社(みなみまんしゅうてつどう、旧字体: 南滿洲鐵道株式會社、英語: The South Manchuria Railway Co., Ltd.)は、1906年(明治39年)に設立され、1945年(昭和20年)にポツダム宣言の受諾に伴って閉鎖された大日本帝国の特殊会社。南満州において鉄道運輸業を営んでいた。略称は満鉄(まんてつ)。


鉄道事業を中心として広範囲にわたる事業を展開し、日本軍による満洲経営の中核となった。本社は関東州大連市であるが、のちに満州国が成立すると満州国首都の新京特別市に本部が置かれ、事実上の本社となった。また、東京市麻布区麻布狸穴町[1]に東京支社が置かれた。最盛期には80余りの関連企業を持った。


詳しいことは『 南満州鉄道 』wikipediaをご覧ください 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%BA%80%E5%B7%9E%E9%89%84%E9%81%93


 満州鉄道「あじあ」号の最後尾の展望車


動く応接間と言われた。1935年 ( 昭和10年 )