酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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また前記事については、「リンク」より『 酔いどれJohnny『意外と身近にある歴史散歩』 』を御覧下さいませ。

7255 薩州島津家墓(鹿児島県出水市武本・龍光寺跡)

薩州島津家の墓


石垣内正面にある墓碑は、薩州島津家初代・用久 ( もちひさ ) 公とその夫人のものです。


その右側に並ぶ墓塔は、二代・国久公以下、三代・重久公、四代・忠興 ( ただおき ) 公、五代・実久 ( さねひさ ) 公、六代・義虎 ( よしとら ) 公、七代・忠辰 ( ただとき ) 公のものです。


これにつづいて、その婦人方や家臣等の墓となります。


また、正面左側に並ぶのは龍光寺歴代の和尚の墓といわれるもので、各地に散在していた墓塔を宝永 5年 ( 1708 ) にここに移葬しました。


薩州家初代・用久が出水で政治を始めた享徳 2年 ( 1453 ) から七代・忠辰が亡くなり薩州家が断絶する文禄 2年 ( 1593 ) までの治乱興亡 ( ちらんこうほう ) の歴史がこの地に秘められています。
(案内板より)


( かなりの土砂降り状態なので、若干画質が悪いです )