酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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また前記事については、「リンク」より『 酔いどれJohnny『意外と身近にある歴史散歩』 』を御覧下さいませ。

フォーク歌手、はしだのりひこさん死去

「悲しくてやりきれない」などのヒット曲で知られるフォークグループ「ザ・フォーク・クルセダーズ」の元メンバーで、フォーク歌手のはしだのりひこ(本名・端田宣彦)さんが2日、死去した。72歳だった。


 きたやまおさむさん、加藤和彦さんが1965年に結成し、「帰って来たヨッパライ」などをヒットさせた「ザ・フォーク・クルセダーズ」に参加した。


はしだのりひこ
はしだ のりひこ(本名:端田 宣彦、1945年1月7日 - 2017年12月2日[1])は日本のシンガーソングライター、フォークシンガー。京都府京都市生まれ。同志社高等学校、同志社大学神学部。8年+休学で10年在籍、期間満了で退学。身長163cm。愛称はのりちゃん。


活動
1964年にドゥーディ・ランブラーズの一員としてデビューした後、加藤和彦に請われて1968年にザ・フォーク・クルセダーズの一員として参加する。フォーク・クルセダーズが1968年10月に解散した後、「はしだのりひことシューベルツ」や「はしだのりひことクライマックス」「はしだのりひことエンドレス」のリーダーを務め、ソロに転向。


ドゥーディ・ランブラーズ
同志社大学の学生であった藤原洪太、田平義昭、端田宣彦らによって1964年に結成された。1967年6月5日にクラウンレコードから「真っ赤なリボンとおさげのあの娘/戦いは一度でいい」を発表。「戦いは一度でいい」は歌詞が全編英語で作られている。


ザ・フォーク・クルセダーズ
「何のために」(作詞・北山修 作曲・端田宣彦)は、レコード未発表のはしだのオリジナル曲に、北山が新たな歌詞をつけたもの。
フォーク・クルセダーズの代表曲「帰って来たヨッパライ」ははしだのフォークル加入以前に制作された曲であるため参加していないがステージでは彼の持ち歌となっていた。


はしだのりひことシューベルツ
「シューベルツ」とはシューベルトと“Shoe Belts”(靴のひも)をひっかけたもの。メンバーは、はしだのりひこ、越智友嗣、杉田二郎、井上博。


「風」(1969年)が最大のヒット作品。この名前ではかなりの作品数を発表した。 続く「さすらい人の子守唄」で『夜のヒットスタジオ』に出演した時は、バックのイメージ映像が映されないという放送事故が起きた。 「風」は、キャンディーズ、中澤裕子と藤本美貴、2014年には高畑充希が自身のアルバム『PLAY LIST』においてカバーしている。


ベースの井上博の死去により解散。


はしだのりひことマーガレッツ
少女たちを従えたマーガレッツを結成し、中津川フォークジャンボリーで演奏。テレビにも出演したが、レコードの発表には至っていない。


はしだのりひことクライマックス
メンバーは、はしだのりひこ、藤沢ミエ、中嶋陽二、坂庭省悟。
1971年に「花嫁」(作詞・北山修 作曲・端田宣彦 坂庭省悟 編曲・青木望)/B面「この道」(作詞・北山修 作曲・端田宣彦 編曲・青木望)が大ヒットし、この年の第22回NHK紅白歌合戦にも出演。他に2枚目のシングル「ふたりだけの旅」(作詞・北山修 作曲・端田宣彦 編曲・青木望)/B面「青空をつかまえよう」(作詞・北山修 作曲・中島陽二 編曲・青木望)がスマッシュ・ヒット。3枚目「この胸に」(作詞・安井かずみ 作曲・端田宣彦 中島陽二 編曲・青木望)/B面「忘れられないの」(作詞・北山修 作曲・中島陽二 編曲・青木望)、4枚目「沈黙」(作詞・端田省洋 作曲・端田宣彦 編曲・青木望)/B面「愛のポエム」(作詞・ドン・パック/落合恵子 作曲・中島陽二 編曲・青木望)がリリースされた。スタジオ録音アルバムは製作途中で頓挫し、ライブアルバムが1枚残されただけであった。また、シングルリリースを予定していた「戦争は知らない」や、LP用の「嫁ぐ日」などが、録音されながらも、現在まで30年以上も公式に音盤化されずに、幻となっている。制作途上で解散したことや坂庭の死去もあり公式発表はまず不可能に近い。


はしだのりひことエンドレス
メンバーは、はしだのりひこ、林竹洋子、和泉常寛、北村謙(病気のため途中脱退)。千田雄一や、水城英明が在籍した時期も有り。


「嫁ぐ日」が水平ヒットとなる。テレビ番組『凡児の娘をよろしく』(関西テレビ制作・フジテレビ系列)のテーマ曲として長く愛された。


「はしだのりひことシューベルツ」「はしだのりひことクライマックス」はメンバー四人のグループ名であり、シューベルツ、クライマックスのみでもメンバー全員のことを指したが、エンドレスは、はしだのりひこ以外のメンバーがエンドレスであることが明言されているが、エンドレス単体での活動は行っていない。


エンドレスは、「嫁ぐ日/霜の音」の他にシングル「時は魔法使い/海はきらいさ」「初恋物語/青春は涙の旅」「ひとり/明日の色は」LP『はしだのりひことエンドレスVol1』をリリースするが、大ヒット曲のないまま、解散を迎えた。


カゴメトマトケチャップのCMソング「赤いキッス」(作詞・阿久悠、作曲・小林亜星)を歌っている。


リードヴォーカルを務めた林竹洋子は解散後、広島県・山口県を拠点としてソロ歌手・ローカルタレントとして活動し、現在は柏村武昭夫人である。柏村と林竹はRCCラジオの『サテライトNo.1』で共演していた。 『サテライトNo.1』の企画で制作された林竹のソロシングル「青春ジェネレーション」(作詞・石川良)/B面「生きているのに」(作詞・永六輔)では両曲の作曲をはしだのりひこ、編曲を和泉常寛が務めた(発売:東芝EMI)。


はしだのりひこ Wikipedia 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%81%97%E3%81%A0%E3%81%AE%E3%82%8A%E3%81%B2%E3%81%93



風(はしだのりひことシューベルツ)LIVE 歌:青春太郎&GSセッション



「花嫁」 オリジナルカラオケ はしだのりひことクライマックス



あの素晴しい愛をもう一度 はしだのりひこ



はしだのりひことシューベルツ/朝陽のまえに (1969年)



             合掌・・・・