酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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また前記事については、「リンク」より『 酔いどれJohnny『意外と身近にある歴史散歩』 』を御覧下さいませ。

7309 北村透谷・島崎藤村記念碑(中央区銀座・泰明小学校)

泰明小学校は明治十一年 ( 1878 ) 六月に開校され、北村透谷 と島崎藤村 はその初期の卒業生でした。


北村透谷 ( 1868 ~ 1894 ) は、現在の神奈川県小田原市に生まれ、明治十四年に家族とともに京橋区弥左衛門町 ( 現在の銀座四丁目 ) に転居し、翌年卒業するまで泰明小学校に通いました。


その後、自由民権運動に惹かれて政治運動志しましたが、後に文筆活動に転じ文芸評論家・詩人として活躍しました。明治二十六年雑誌『文学界』に参加した透谷は、文芸における自由主義を唱え、近代浪漫主義文学の開拓者といわれました。


島崎藤村 ( 1872 ~ 1943 ) は、中山道馬籠宿 ( 現在の岐阜県中津川市 ) に生まれ、明治十四年に上京し、京橋区鎗屋町 ( 現在の銀座三・四丁目付近 ) の嫁先から泰明小学校に通学しました。


その後、姉夫婦が帰郷したことにより同郷人の家に寄寓し、明治十七年に卒業しました。


明治学院在学中に文学への関心を深めた藤村は、『文学界』の活動を通して透谷から深い影響を受けました。


著作に『若菜宗』・『春』・『夜明け前』などがあり、中でも『破戒』は自然主義文学の先駆と言われています。
( 案内板より )