酔いどれJohnny.2nd 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。

とうとうセカンドステージに突入で御座います。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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また前記事については、「リンク」より『 酔いどれJohnny『意外と身近にある歴史散歩』 』を御覧下さいませ。

7291 四代目・島津久通墓(鹿児島県宮之城町・宮之城島津家墓地)

島津久通 ( しまづ - ひさみち )
( 1605 - 1674 )


江戸時代前期の武士。


慶長 9年 12 月 29日生まれ。島津久元 ( ひさもと ) の子。薩摩 ( さつま ) 鹿児島藩宮之城領主。


正保 ( しょうほ ) 2年 ( 1645 ) 藩主・島津光久のもとで家老となる。


新田や金山の開発、杉の造林、紙すき、茶栽培をすすめ、藩財政を再建。


また史館の総裁として「島津世禄記」「征韓録」を編修した。


延宝 2年 11月 29日死去。71歳。初名は久慶。通称は又七郎。